【感想】責任の所在ーー劇団た組「ぽに」

 アスレチックのようなロープの遊具に、円の中に散らばったカラフルなおもちゃ。二つの大きなロープの遊具の反対側には二つのブランコが天井から吊されている。スーパーに設置された子供も遊び場のような舞台の中で、藤原季節さんが演じる誠也が客席に向かってぺこぺこと頭を下げながらズボンを下ろす。そうして始まった劇で最初に聞く会話は、松本穂香さん演じる円佳に中出しをしたということだった。

 大学を卒業したばかりの円佳は、オペア留学という制度で留学しようとしているが、研修の一貫であるベビーシッターのアルバイトはいつまで経っても終わらない。留学の斡旋会社に40万円を払っているけれど、留学の話が進む気配もない。会社の担当者のおじさんはどことなくうさんくさい。

 そんな男のセフレになってちゃダメだよとか。どうせ本命にはなれないよ、とか。その生活状況で妊娠しちゃったら本当に苦労するからせめて避妊だけはしなよ、とか。その会社怪しいよ、本当に留学行けるの、とか。とか、とか。「うわあ」と思ってしまう生々しいやりとりを客席から見続けるしかできない時間を過ごしたあと、ぽんと「ぽに」が現れる。「ぽに」は、ぽにが付いた人に子供が出来たとき、その子供を連れ去ってしまうのだと言う。腐った足を引きずって歩くぽには、円佳がベビーシッターとして面倒を見ていた子供であるれんが43歳になった姿である。ぽには、円佳の話を聞きながら、私が言いたくても言えなかったことをぽんぽん言う。その話し方は軽妙で、ぽにになっている状況に対する深刻さはなく、なんとなく愛嬌を感じすらする。

 ぽにが来た人は除霊を受けなければならないという慣習があるようで、円佳もマンションの一室の霊媒師を訪れて、本当に効くのかも分からない除霊を受けた。9対1で成功するし、成功すれば失明する。同席しているぽに(しかし円佳以外には見えない)は、ふざけているようにも見える除霊に戸惑うばかり。効いているようには見えないけれど、除霊のために入れと言われた場所から出てきた円佳の目には、失明の兆しを象徴するようにバンダナが巻かれている。

 舞台のテーマは、“仕事とお金と責任の範囲“であるという。

 43歳のれんが「ぽに」として円佳の元に現れたのは、円佳がベビーシッターとして働いている最中に地震が起きて、れんの住むマンションが火災で燃えたことが発端だった。避難所にあぶれ、コンビニでご飯も変えなかった円佳は、れんがだだを捏ねるのに耐えかねて、置き去りにしてしまう。行方不明で生死不明のれん。「ぽに」は母親の元に現れることが多いにも関わらず、円佳の元に現れる。

 円佳のベビーシッターの時給は1000円で、きっと彼女は保育の資格をもっていないだろう。会社はシッターに保険をかけていないし、時間延長の手続きもなあなあに行われている。れんの両親は、地震が起きてマンションが火災で燃えても、すぐに帰るための努力を欠いているように見える。ベビーシッター延長の手続きもせず、きっと円佳にホテル代を振り込んだりもしていない。円佳に支払われる時給が1000円なのだから、シッター代もそれなりなのだろう。

 

 法律的な責任は、裁判をやればどこかの段階で裁判所が決める。では、道徳的な「責任」とは?世間は、事件や事故が起こったとき「責任を取れ」とか「誠意を見せろ」と言うが、一体何が求められているのだろう。

 れんを置き去りにしてぽにが来た円佳はお祓いでぽにを払い、その対価として失明してしまう。最後に誰もいないブランコが動き出すのは、命が宿ったことの暗示だとすれば、避妊をしない性交渉を拒まなかった責任としておそらくは妊娠してしまっている。円佳が一番悪いのはもちろんだけど、円佳だけが悪いとも思えないような状況で、円佳だけが大きな代償を払っている。私は重すぎると思う。世間は円佳が十分に責任を果たしたと思うだろうか。

 責任の象徴であるとも考えられる「ぽに」は、観客であるわたしたちの前では愛嬌があるようにも親しみやすいようにも見える。誠也と円佳の芝居っぽくない日常の延長のような会話を見て苛立たしさを抱くから、ぽにがその関係の歪さやだらしなさに切り込むと「よく言った!」と感じてしまう気持ちよさがある。それがどうにも恐ろしい。ぽにが責任の象徴なのだとして、その象徴は、これからの苦しみを予感させるような重々しい顔をしていない。

 この作品で描かれていたのは、どこかで起こっていてもおかしくないことで、時間だけがじりじりと進行する息苦しさがあった。誰もが認める「めでたしめでたし」を迎えないことも、劇的な台詞や、人々を感動させる感情のやりとりがないことも、あまりに現実だった。「ぽに」という得体のしれないモノが存在しているのに現実と地続きなのが不気味だ。

 終演後、丸く閉じた舞台を見下ろしながら、私は自分に課された責任を思い出した。

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