愛すべき虚構

大人の「ごっこ遊び」

 ネルケプランニングが企画制作している舞台シリーズ「アイドルステージ」。私はそれに登場する宇宙人アイドル・CHaCK-UPが好きです。

Q.アイドルステージってどういうものなんですか?

A.一部にてアイドルグループ結成〜団結のお芝居を、 二部にて、本格的なアイドルライブを上演するシリーズです。

チケット一般発売明日10時より!&「Q&A」更新! - プレゼント◆5 OFFICIAL BLOG

 

 このシリーズでは、AW(アナザーワールド)というシステムが採用されています。AWとは、作品内のアイドルが現実に存在している世界線のこと。

Q.パンフやブログに出演者の名前がないのですが…。

A.アイドルステージ「プレゼント◆5」には、 “舞台にてキャラクターを演じる出演者”という観点はございません(公演概要ページ等、例外あり)。 作品内のアイドルたちは「現実に存在している」前提のもと、 舞台における二部のライブ、Twitterやブログなどを公開させていただいております。 大人の「ごっこ遊び」を、出演者の皆様と共にお楽しみいただけますと幸いです。

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 現実の世界では、役者である古谷大和さんが天王星人☆レイを演じていますが、AWでの彼は天王星人☆レイの友達という設定で「ごっこ遊び」をしています。古谷さんは、レイ様の「お友達」としてCHaCK-UPのライブに足を運び、客席からCHaCK-UPにペンライトを振っている。ということになっている。

古谷 大和 on Twitter: "そして、こちらが僕の友達
天王星人のレイくん。

 

 だから私もCHaCK-UPの話をするときは、「AWの私」という設定を作り、ごっこ遊びに興じることにしました。ちなみに「AWの私」は、天宮王成=天王星人レイの可能性を頑なに見ないふりをきて、宇宙人の実在を信仰しています。

 つまり、これから書くことは、CHaCK-UPというアイドルが存在し、私が天王星人☆レイを推しているということを除いて全てフィクションです。

 

AWの私と天王星人☆レイ  

 小学生の頃、私は、影で「宇宙人」と呼ばれていた。友達はいなかった。みんなが私を遠巻きにして、ひそひそと何事かを囁いた。いじめられていたわけではないと思う。少なくとも、後ろの席に座っていたみゆちゃんは、私からプリントを渡されることを拒否しなかった。給食の配膳だってさせてもらえた。グループワークで机をくっつけるときに微妙な空間ができたことはないし、バイ菌扱いされたことだってない。私がまとめたノートは大人気で、クラスでいちばんかっこよかったしょうくんはいつも私に「宿題のプリント見せて」とねだった。けれど、休み時間にドッジボールに誘われることはなかった。かわいいメモ帳を折って作った手紙をくすくすと笑いながら交わし合うことも。だから私は、休み時間になると必ず、引き出しの中から本を取り出してページを捲った。SFが好きだった。小説の中に描かれた宇宙人は、時に地球人を凌駕する知性で人類を翻弄し、時に人間と種族を超えた友情を築く。周囲が私を「宇宙人」と呼ぶならば、私は優れた知性を持っているのかもしれない。私が「宇宙人」であったとしても、いつか私を理解してくれる人が現れるかもしれない――。

 中学、高校、大学。年を重ねるごとに社会性が身について友達もできた。人間関係は相互の歩み寄りだと知った。ひっつめていた髪の毛に縮毛矯正をかけて、コンタクトを買った。もう「宇宙人」と呼ばれることはなかった。SFもあまり読まなくなった。一緒の時間を過ごす友達が出来た。好きな人の話ではしゃいで、部活にも打ち込んだ。だから、小説は読まなくてもよかった。

 大学院に進学することにした私は、上京することにした。2015年1月。春から住むアパートの内見に来て、せっかくだから東京でしかできないことをしたいと思ってふらりと立ち寄った劇場で、衝撃的な出会いを果たす。忘れもしない新宿サザンシアター。そこに、宇宙人がいたのだ。

 宇宙人アイドルを名乗る6人は、日本人の男性と同じ容姿をしていた。宇宙服のような衣装を纏い、ピコピコとした楽曲を歌い踊っている。

 グループ名をCHaCK-UPと名乗った彼らは、太陽系の惑星出身であるという。グループのキャプテンである天王星人☆レイは天王星の王族で、王族としての暮らしに飽きて星を飛び出し、各惑星からシャトルクルーを集めてCHaCK-UPを結成したのだそうだ。日本人男性の容姿をしているのは、彼らが地球に来た際に、地球環境に適応するために「地球適応型スーツ」を着用しているからだという。合い言葉は「背中のチャックは開けないで」。宇宙服を模した衣装の背中には大きなチャックがあり、そこを開くと宇宙人の本体がいる。

 それまで私はアイドルのコンサートに行ったことなど一度もなかった。けれど、アイドルが好きな友達の話を聞いて想像してみたことはある。想像の中のコンサートは、数千人が入る大きなホールの中で華やかな照明と衣装できらきらしくショーアップされたアイドルが、輝く笑顔を振りまくものだ。私の目の前で行われているライブはそんな想像よりもずっとこじんまりとしていた。でも、目が離せなかった。会場には妙な一体感がある。左隣に座る見知らぬ女性は街中で見たことがないくらい鮮やかな黄色を纏っていて、彼女が持つ6本のペンライトはCHaCK-UPの振り付けをコピーするように複雑怪奇に動く。

 短い時間のスペーストリップーー彼らはライブをそう呼ぶーーは、あっという間に終わってしまった。最後に、アイドルたちがお見送りをしてくれるという。よくわからないまま係員の案内にしたがって席を立つと、廊下を少し進んだところにキャプテンレイが立っていた。後方からステージを眺めていたときも端正な印象を持っていたけれど、近くで見るとすさまじく美しい。一歩前に進む。目の前に立つ。宇宙人と目があった。思わず「好き」と口から零れた。彼は「私もだ」と穏やかに微笑んだ。

 

 宇宙人は存在したのだ。

 

 子供の頃、寂しさを紛らわすために信じていた宇宙人は実在していた。彼らは日本で地球人を幸せにするためにライブをしている。彼らの存在をこの目で見ることができる。彼らの歌に合わせてコールをすることができる。彼らの生態を知ることができる。美しくて、ちょっとお茶目でたくさんの人から愛される「宇宙人」がたしかに存在している。彼らと言葉を交わすことだってできる。宇宙人は存在した!!  

 私は、初めて目があった宇宙人をレイ様と呼んで「推す」ことにした。「推す」といってもSNSで呟くことはしなかったし、情報を積極的に集めることもしなかった。CHaCK-UPに魅了されたファンを「チャーム」と呼ぶが、チャームの友達を作ることもしなかった。ファンレターも書いたことがない。ただライブに行ってペンライトを振った。  

 レイ様は、上に立つ者特有の不遜さと穏やかさが共存している不思議な人だった。ゆったりとした声で地球人からしたらボケてるとしか思えないことを真面目に語る。ツッコミ不在のMCは混沌に包まれていた。パフォーマンスをしているときの彼はときたま無邪気な笑顔を浮かべていて、昭和の歌謡曲のようなソロ曲で「惚れた女には意外と弱いぜ」と鼻にかかった甘い声で歌うから、ときめけばいいのか面白くなればいいのかいつも分からなかった。全部がたまらなかった。私の世界は、私とレイ様で完結していた。こうして余計なことを知らずにいれば、宇宙人は私の中で永遠に存在し続ける。  

 2018年2月。CHaCK-UPが所属する芸能事務所であるアーストライアル社のアイドルたちが、バレンタインにライブを行うという。私はいてもたってもいられずに、うちわを新調して白い単色ペンライトを買い、そして、白い服を買い漁った。その公演の最終日、物販列に並びながら一つの予感が胸をよぎった。レイ様に会えるのはこれが最後になるのではないか。  

 その頃、CHaCK-UPの活動が減り、彼らの後輩である準惑星アイドルたちが活動の幅を広げていた。メンバーが全員揃っている姿を見ることはなくなり、ライブに参加する宇宙人も一人、また一人と減っていた。そろそろ地球から離れてしまうのかもしれない。そんな不安を胸にお見送りの列に並ぶ。レイ様の前に立つ。「また会えますか?」と聞くと、彼女はーーレイ様はバレンタインに女心を理解するべく女装をしていた。そういう突拍子もない発想が宇宙人じみていて好きだーー、「もちろんよ」と微笑んだ。

 あれから4年が経った2月。シャトルクルーであるヴィーとヘルプクルーのポミィが地球を訪れた。彼らはライブでレイ様から預かった手紙を朗読してくれた。そこに書き記された言葉は穏やかでどことなく気品があって、まさしくレイ様が書いたものだった。私はうれしくなって手紙を書いた。宇宙に手紙を送る術を持たないから、レイ様と顔のよく似たお友達に託した。どうやらレイ様に渡してくれたようだった。うれしかった。宇宙人である彼に宛てて手紙を書くとき、私はこれまでよりも強く宇宙人の存在を感じた。地球に降る雪は天王星と同じものなのだろうか。レイ様は日本の春をどう感じるんだろう。私はレイ様のことを何も知らなかった。当たり前だ。彼は宇宙人なのだから!!  

 CHaCK-UPとレイ様は、今日もどこかで誰かを幸せにするためにスペーストリップをしているはずだ。たとえ彼らが地球を離れたとしても、私がレイ様を好きなことは変わらない。スペーストリップが行われなかった4年間でも宇宙人の実在を信じ続けてきたように、これから先も信じるだけだ。  

 私は再びSFを手に取った。空想科学は、大好きな彼がどんな世界を見てるのかを想像させてくれる。銀河のどこかで、かつて地球でスペーストリップをしていたことを思い出してくれるだろうか。

 宇宙人に出会った頃には大学生だった私も、社会に出て仕事についた。仕事は面白くないわけではないがつらい。帰り道、ふと夜空を見上げると星が瞬いている。何かが始まる予感がする。 

「CHaCK-UP~銀河伝説~」-CHaCK-UP - YouTubeyoutu.be