【感想】舞台『錦田警部はどろぼうがお好き』

 舞台では、第6話「死んだ目の錦田」のエピソードが演じられる。

 死んだ目をした錦田警部が、怪盗ジャックを捕まえようともみ合うシーン。 

原作を読んでいる人ならば、死んだ目をした錦田警部が、次のコマで怪盗ジャックに対してどういう行動を取るのかを知っている。ラブコメの伝統芸、壁ドンである。しかしながら、会場は品川のクラブex。円形ステージにいる死目とジャックの周りには、客席からの視界を妨げる物は何もない。

 けれどこの舞台、演出が天才的なのである。

 ステージの奥から花道を通って、透明のパネルが移動していく。そして、ステージ中央、死目とジャックがあと一歩動いたら衝突してしまうだろうという位置で、パネルはそっと静止する。壁ドンを成立させるために必要不可欠なもの。それは、俺様気質の王子様でも生意気なヒロインでも、ムードでもない。壁である。

 死目は、ジャックの手を掴み、観客全員が予期していた行動を取る。大柄な錦田警部が小柄な怪盗ジャックを壁に押しつけて追い詰める様子はラブコメの一コマにふさわしく、怪盗の犯行現場で怪盗を捕まえるために存在しているはずの警部が、悠長に壁ドンをしているというギャップが面白い。

 そしてこの舞台、演出がすごいのである。

 クラブexは円形のステージであり、円形部分は回転する。怪盗ジャック、死んだ目をした錦田警部、そして錦田警部が怪盗ジャックを縫い止めている“壁”は、壁ドンがしっかりとラブコメ風にキマッたあと、ゆっくりと時間をかけて回転する。

 

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 私は、原作のファンである。タイムラインになんとなく流れてきたことがきっかけで1話を読み、電子書籍を買って読んだ。3巻しかない物語をあっという間に読み尽くした後、すっっっっっっっっっっごく面白かったこの作品を味わい尽くすべく、何度も読み返した。けれど、錦田警部と怪盗ジャック、そして死んだ目をした錦田警部とアンリくんの関係が“何”であるのかは、よくわからなかった。

 ラブコメの文脈で描かれているけれど、錦田警部の挙動は行きすぎたファンのようにも見える。恋愛感情を持っていて、その先を望んでいるようにも見えるけれど、錦田警部はあくまで怪盗を捕まえたいだけなのかもしれないとも思う。アンリくんはバリバリ意識しまくってるようにしか見えないけれど、追うものがいなければ怪盗は成立しないという美学によるものなのかもしれない。いやまあでも、シンプルに「恋愛感情」ってやつなんじゃね? いやでもな・・・・・・。でもそれ両片思いってやつじゃね?? いやでも・・・・・・。私はしばらく考えるのをやめていた。

 

 けいどろの舞台を観た。原作の漫画では2等身にもなるし、目が巨大化してうりゅりゅうと輝いてしまう錦田警部は、成人男性の身体をもってそこにいた。部下に対して指示を飛ばす様子は、普段、大きな声を出す人が身近にいない環境に身を置く私からすると、少し威圧的にも見えた。アンリくんも同じだった。舞台の上には、一人の少年がいた。

 原作からセレクトされたエピソードを生身の人間が演じるのを見ながら、「あ、これ、アンリくんは警部を好きなんだな」って思った。警部はジャックを好きだった。ややこしい関係だけど、根っこにある感情は至ってシンプルなのかもしれなくて、じれったい関係とほわほわした世界観にあったかい気持ちになった。あ~~~~、いいな~~~~~。好きな人がいるというパワーは絶大で、人を想うことは素敵だ。ごちゃごちゃといろいろ考えがちだけれど、観劇し終わったときはふわふわとした気分で楽しさだけが残る。あ~~~~~、人を好きになるっていいな~~~~~~~~。